2人目がほしいけど、義兄が筋強直性ジストロフィーを発症しました。発症前遺伝子検査や遺伝カウンセリング、治療・リハビリについてレポートします。

筋強直性ジストロフィーの家族計画・介護計画

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筋ジストロフィー発覚

みんなが「引きこもりニートの筋力低下」だと思ってました。

投稿日:2016年11月30日 更新日:

発覚までの歩みを記録しておきたいと思います。

 

アラサーで退職してから引きこもりニートに

お義兄さんは、アラサーで退職をしてから、無職の期間が数年続き今に至ります。その間就職活動も少しずつしていたようですが、内定には至りませんでした。年齢のこと、そして専門職だったゆえに未経験の分野への挑戦が難しかったことなどの要因が重なっていたようです。日がな一日テレビを見て、ゲームをして、ごはんを食べ、気が向けばプラモデルを作ったり小説を読む、そんな生活を送っていたようです。

仕事をせず、家にいる・・・という状態だけを見ると引きこもり?ニート?という状態に見えました。普段は家から出ませんが、何か用事があれば外出も旅行もぜんぜんできますので、通常言われる”引きこもり”というわけでもなさそうでした。ということは無職、またはニート、と呼ばれるような状態でした。

 

両親に障害が。就職を目指して思い切って実家をでる

お義兄さんは両親と同居していましたが、二人ともが別々の疾患により障害認定を受けることになりました。特にお義父さんは病気の進行が早いように見受けられ、お義兄さんは一刻も早く身を立てなければいけない状況になりました。親孝行のため、自立への第一歩として、実家を出て私たち家族の近くで一人暮らしをしてもらうことになりました。求人の多い都会に出てきて、就職を目指す。大きな一歩です。

 

まずは病院で検査。

お義兄さんは、長年の運動不足が原因と思われる激しい筋力低下が起きていました。何せ10年近く自宅の1階と2階を上下するだけ、それ以外はほとんど動かない生活です。体は太り、腰が曲がり、歩く速度も普通の1/3程度にまで落ち込んでいました。また声も非常に小さく、訛りもあって、ほとんど何を言っているか聞き取れない状態でした。

 

最初の整形外科では低周波治療しか受けられず転院

数年前からその状態に気が付いていた私たちは、まずは整形外科を受診してもらいました。骨や筋肉に異常がないかみてもらうためです。最初に行った町医者では「特に問題なし。ただの筋力低下。筋トレしてください。週に1回治療を受けてください。」という診察でした。

病気の可能性がないとわかりほっとしました。ところが、少しもよくならず時間だけが過ぎていきました。一か月ほどたったころ、受けている治療が「低周波治療」だとわかり驚愕しました。それでは、瞬間的に楽になるかもしれませんが、よくなるはずはありません。「筋力低下」が問題なのに。もっと本格的なリハビリを受けているものだと思っていたのに・・・。あわてて別のリハビリテーション病院に電話をし、状況を話し、医師の指示があれば本格的なリハビリを受けられるということでしたので転院してもらいました。

 

週2回、理学療法士によるリハビリを受ける

新しい病院へ行ってもらい、診察を受け、医師の指示により週2回のリハビリが受けられることになりました。そこでの診察もやはり「特に問題なし。運動してください。」とのことでした。途中で何回か診察があるのですが、いつもと違う先生に診ていただいた際に、腰椎の可動域が狭くなっている、というようなことを言われたことが一度ありました。

 

お義兄さんのやる気のなさも問題

週に2回の治療を受けるほかに、市民プールに通ったり、散歩したりを兄弟でしていました。でも夫はサラリーマンで週末しかいっしょにいくことができません。平日に一人で行ってほしいとお願いし、プールの回数券も購入しましたが、お義兄さんは「わかった。」とは言うものの実行せず、平日は週に2回病院へ行き、それ以外はテレビとゲーム(ゲーム機は実家に置いてくるように言っていましたが、こっそり持ってきていました)の毎日を過ごしていました。

就職するために求人の多い都会に出てきたのに、就活をしてくれませんでした。

ご両親の年金を食いつぶして一人暮らしをしているのに、就活もせず、プールもいかず、本屋で小説やマンガを大量に買い込んだりして暮らしていることを責めたときもありました。そういうときは、ただただ頭を抱えて無言になります。自分でもこれじゃいけないとわかっているのに、つい、楽な方楽しい方へ行ってしまうのでしょう。

自炊を覚えてもらおうと思って、自宅で簡単にできるお料理を教えたことがあります。そのときは、やる気になって材料などを買うのですが、結局封もあけずにそのままになっていました。

タウンワークなどの就職情報誌を渡しても、その時は見るのですが、自分で電話をかけたりはしませんでした。

引っ越してきたときに掃除道具一式もプレゼントしていたのですが、一度も封を開けておらず、部屋やお風呂、トイレの掃除はまったくしていませんでした。というかお風呂も毎日入っていない状態でした。

 

面接を受けるも見た目で一発アウト

お義兄さんは資格を持っていますので、その資格を活かした就職活動を行うことにしました。自分で電話をして応募する、というのがハードルになっているようでしたので、ネットで選んだお仕事の応募手続きをとってあげました。するとすぐ向こうから電話がかかってきて、面接を受けることになりました。資格やそれまでの経験、年齢から非常に好意的な対応をとってもらえるのですが、面接はいつも一瞬で終わってしまい不合格となることが続きました。

深夜のファミレスで、夫とお義兄さんと2人で面接の練習をずっとやっていたこともあります。その時は1次面接を突破したのですが、2次面接で肉体的に大変な作業があるかもしれませんが大丈夫ですか?の質問に、あっさりやめますと言ってしまいました。

 

一番効果があったのはボイトレ

話す声が小さすぎることがとても気になっていました。発声は全身を使うので、意外と筋トレにもなるんじゃないかと思い、駅前のカルチャーセンターで体験レッスンをうけてもらいました。先生が、生徒をのせるのがとても上手な方で、楽しんでレッスンを受けられたようでした。試しに通ってみたいとのことでしたので、30分のレッスンを週2回受けてもらうと、みるみる声が大きくなり、普通に会話ができるようになってきました。そのころに受けた面接では、担当者と雑談ができるレベルにまでなっており、一番採用に近いところまですすむことができました。

 

転勤になり引っ越しに。寺に預かってもらう

と、順調にすすみだしたこのタイミングで、夫が関西に転勤になってしまいました。このままここにお義兄さんを置いて行っても、一人でちゃんとした生活や運動はできないだろうし、実家に帰っても振り出しに戻ってしまいます。そこで、いっしょに関西に行ってもらうことにしました。

ただ、急だったために家が決められず、知り合いの住職にお願いしてお寺で預かってもらうことになりました。お寺では細かいルールが決められており、それが嫌だったようで早く下山したいと言って、最初は就活をがんばっていました。ところが数日すると、そのルールにも慣れてきました。どんどん入れ替わるメンバーの中で古株になってきたこともあり、先輩として居心地がよくなってきたようです。できるだけ長くいたいと言い出しました。これもタダではないのですが・・。

正確には入山から丸2か月後の日まではいたいな~とあいまいなことを言っていました。私たちは早く就職を決めて下山するか、決まるまではここで過ごしていろいろな人とコミュニケーションをとってほしいと思っていました。

 

住職のカウンセリングを受けず勝手に下山

お寺では住職が話を聞いてくれるというのに、毎回それを断り、頑なに自分の殻に閉じこもって過ごしていたようです。いっしょに修行をしているメンバーにもかわるがわる諭されたようですが、ひたすら断り・・・孤立していきました。

そして入山から丸2カ月たった日、勝手に下山することにして出てきてしまいました。住職は弟夫婦に下山することをいってないのか!と怒ってくれたようですが、お寺のルールですから、キャンセルすることもできません。急に住むところも用意できません。仕方がないのでホテル暮らしをしてもらうことになりました。このとき、あまりにひどい裏切りに、私は泣きながら役所に生活保護の相談をしました。担当の方は親身になって話を聞いてくれ、段取りをとってくれることになりました。

 

パーキンソン病を疑い、神経内科へ

新たに住むところも何とか決まったところで、遠い親戚にパーキンソン病の人がいると聞きました。もしかして、パーキンソン病?そういうのって整形外科ではわからないの?整形外科の先生たちの「何も問題なし」の診断を信じていた私たち。この不安を払拭すべくパーキンソン病の診断をしてくれる神経内科を探し出し、検査をしてもらいました。結果、パーキンソン病ではないが、「ある病気の疑いがある」。血液検査の結果、まさかの筋ジストロフィーが発覚したのでした。

お医者さんが「子供のいる弟夫婦の世話になりながら暮らすのは無理。実家に帰りなさい。」と余計なアドバイスをしてくれたせいで、お義兄さんは飛んで帰ってしまいました。実家は障害のある両親が老老介護をしているのですが・・・。

 

筋強直性ジストロフィー診断確定

実家近くの総合病院で再検査をしたところ、筋強直性ジストロフィーの診断が確定しました。今はリハビリをしながら、次の診察を待っているところです。それで進行具合を確認するそうです。

 

診断の確定を受けて

本人も病気だとは思っていなかったらしく、ショックを受けているようでした。ただ、診断が出たあとで「そういえば自覚症状がある」と言いだしましたので、その可能性についてもっと早く気が付けばよかったと深く後悔しました。今もそのことを考え後悔する瞬間があります。

でも後悔していても始まりません。ご両親が亡くなった後は、お義兄さんは一人で生きていかなければならないのです。家事スキルを身に着け、就職活動をすることに変わりはありません。筋ジストロフィーでも働いて自立している人はたくさんいるのです。

でも今は本人もショック、お義母さんもショック、という状態ですので、とにかくそれまでの日常通り、自宅で過ごしています。だけど、前向きな気持ちになれたとき、自立に向けて再スタートを切らなければなりません。なるべく車いすにならないように、適切な運動もしなければなりません。生活レベルをなるべく高く保ちたいからです。私たちはそういったことをサポートをしていきたいと考えています。

 

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